ここに置いておきますね。

脳みそから取り出した駄文の書き置き

島耕作システムの誉め言葉と、ネットに落ちている言葉たち

スマホがなかったころのネットは、”自己責任感でお好きにどうぞ感”が強かった分、面白いことも結構多かった。タイトルに【衝撃】が付いていれば、「おぅっふ…」なものが見られたし、【悲報】は心中お察ししたくなるような悲しみがあった。

だけどスマホの普及もあって、たくさんの人が参加できるようになってからは、強い言葉に強さがなくなり、奇をてらった誉め言葉も、それ自体が定型文のよう。【末路】は最後まで見せてくれないし、【驚愕】は心が真っ平のまま。今、信用できるのは【動画あり】【画像あり】【ネタばれあり・なし】くらいなものだなぁ。

感想のひとつとして「涙があふれて止まりません」もよく見るけれど、真顔で打ち込んでるんだろうな、とか思う。「かっこよすぎて、息が止まるかと思いました」とかさ、どんな体の構造?よくわからないけどお大事にねって思う。過剰な誉め言葉さえも飽和状態。

それでも相手を褒めたい、印象に残りたいと思うがあまり「天使かと思いました」とか「女神」とか「神」とか、誉め言葉が出世していってる時がある。私はこれを、島耕作システムと名付ける。(出世魚システムでもいいけど)

でも先日見かけた、エンタメニュースの見出しは面白かった。日本が世界に誇るモデル・冨永愛氏のウェットスーツ姿を見たファンの感想。

「四捨五入したら、足」

こういうの、いいよね。こういう感性って素晴らしい。こういう人の誉め言葉のシャワーを浴びたい。

「〇〇かもしれない」という期待に胸を膨らませている状態が、一番脳汁が出るんだと聞いた。(アダルト動画は、見る時より、検索している時が一番興奮しているらしい)退屈している状態で覗くネットには、味が濃いもの・刺激が強いものを求めてしまう。程度や趣味嗜好の差こそあれど、誰でもきっとそんな感じだろう。

私は言葉が好きだから、内容云々より言葉に注目してしまう。ネットショップでの買い物でもそう。いまいちピンとこなかった商品でも、レビューに心つかまれてポチってしまったことが何度もある。どんなに「リピ決定」「買わない人は損している」「QOL爆上がり」と煽られても、なんとも思わなかったのに。そういうところに落ちている言葉は、静かな事実こそがものすごい熱量を放っていたりする。

「すごい」を「すごい」という言葉以外で、「おいしい」を「おいしい」という言葉以外で、「面白い」を「面白い」という言葉以外で伝えられるようになりたい。

この前、すごい面白い映画を観たよ。そのあと行ったごはん屋さんがおいしくて、最高だった。無印でQOL爆上がりの商品を買って、速攻リピ決定!買わない人は損してるw

…あれ、なんかさ、悪ふざけで書いたけど、人生めちゃくちゃ楽しんでる人の文章みたいになったね。思わせぶりのわりに、詳細教えるほど面倒見はよくない人って印象だけど。それがもう、「次に何しようか」って意識に向いている感じがして、謎のカリスマ性ない?”つかみ取りたきゃ自分で動けってことか…”って拡大解釈したくなる。(あと絶対これ書いた人ギャルだ)(書いたのぜんぶ私なんだけどな)

奥が深いぜ、言葉の世界。