ここに置いておきますね。

脳みそから取り出した駄文の書き置き

毎日更新をやめたKakiokiです、どうも。

100記事いくまでは毎日更新するって決めてたし、このブログ内でも結構言ってたんですが。前言撤回するよ、ガンガンするよ、めっちゃする。(そこの強気はなんなの)

 

きっかけとしては、ブログと関係ないところの日常でダウンしまして。会社でね一悶着、派手目なのがあったんす。それからは正直、ブログの更新がどうとか、一切思い出しもしなかったんです…とか言い切っちゃえば、清々しいほどに最低な感じして、そんな自分に憧れる(?)けれども。開けたくもない蓋をこじ開けてみる。

実際のところ、あれだけ楽しみながらも、それなりに必死でブログを更新してたのに。本当に余裕がなくなると思い出しもしないんだな(ほぅ…)とね、新しい発見をしたような、妙に合点がいったような。だって私は、私だから、そりゃそうなるんだけども。

実際問題、そりゃ毎日生きてりゃなんかしらありますよ。いいことも悪いことも。それを書いて、忘れられる場所、残しておける場所がブログだと思う。

自分のブログを持っている人の多くは、文章を書くのが好きな人。そして、好きや得意にしたい人。物事を整理したり、噛み締めるために文章を書く人もいる。とにかく、発信の手段として文字を選んだ人が集まっているところが、ここなんだと思う。だけど降りかかった出来事によっちゃ、書けない、どころか、文字に起こすことすら思いつかないくらいに追い詰められることもある、よね。

私自身“気まぐれ”という言葉に憧れる。猛烈に憧れる。そんな風に軽やかに自由に生きたい。自他共に認める、気まぐれ自由人になりたい。

でも実態は”書けるとき書いて、書かないときは、言葉を選んでまで「書けない」と言い訳するだけの自分”じゃないかとか考える。(根が真面目過ぎて根腐れ起こすタイプ)

でもさ〜そこまで自分を責めるほど、更新は重要なことじゃなくない?仕事じゃないんだから。そんな怨念みたいな執着心書かれたブログなんて、笑えない・面白くない・引くの欲張りアンハッピーセットじゃん。(まぁちょっと読みたいけど)なんぼのもんだと思ってるのよ、自分を。

いっぱいいっぱいの時にブログの存在を思い出さなかったのは、自分が持てる分量から零れ落ちたから。拾おうとムリに屈んだりしたら、他のもっと大事なものを落としてしまうよ。

 

超絶関係ないけど「自分が振った元カレをやたらに恋しく思う時って、実際に欲してるのは、元カレじゃなくて人肌だったりするよね」…っていうのを、慎重に言葉を選んで言わなかったせいで、悩んでる(?)友だちに怒られたり泣かれたりしたっけな…みたいなことを思い出したので書いておく。(超絶どうでもいい)

決して正論突きつけて意地悪をしたかったわけじゃなく。シンプルな構造を説明することで「あ〜なんだ〜そういうことか〜!そうかも〜w」って、友だちの気持ちを軽くしたかっただけなのになぁ。とんだ大失敗。

だって自分から振った相手には、別れたかった理由が絶対にあったわけで…とか言うのも、怒られるから難しい。あの時、私がとるべき行動は、ひとこと「わかるよ」って言って、寄り添うことだったんだ。あまり納得はしていないが。
あ、超絶どうでもいい話が長くなった。(これがひとつ前の記事でいうところの反芻思考だ!恐ろしい!)

止まらない思考(反すう思考)から解放される方法 - ここに置いておきますね。

 

ブログ更新の話に戻って。

どこかで見たり聞いたりした、まずは100記事1000文字以上/1記事ルールみたいなのに囚われすぎてたなぁと。これだってはじめは、真偽のほどは定かじゃないけど覚えやすいから目安にしとこ、くらいのものだったのに。

IQ2のくせにデータ好きが高じて、アクセス解析も面白くて毎月やってた。けれど今月に関しては興味深い反応がなかった。毎日更新をしなかったのも関係していそう。更新が途絶えた日、きちんとアクセスゼロだったもの。(そこだけは面白かった)

 

自分が楽しくなければ、楽しくない。そんな風に考えてもいいのかなと。

そんなことを考えたんです、この小さい脳みそで。ババババッと書いて投げるより、丁寧に言葉を探しながら文章を書いていこうと思ったよ。

おしまい。

止まらない思考(反すう思考)から解放される方法

私の脳みそ内では、発達障害・うつ・豆腐メンタルの三つ巴が日々繰り広げられている。その中でも日常的に脳にへばりついて離れず、メンタル激削がれなのは『反芻(はんすう)思考』。

いつか経験した嫌な出来事、もっとこうすればな出来事、恥ずかしかった失敗、はらわたが煮えくりかえるほどの怒り、こんな感じのことを日がな一日ずーっと考えている。その臨場感たるや本当にリアルに再生される。厄介なのは、事実に則しているかは、また別の話だということ。脳内でのものなので(想像上の)尾ひれがついて、事実より厄介に再生されている場合がある。口に出さない思考は誰にも止めてもらえない。

反すう思考が最終的に向かう先は、自分。考え事のすべての矛先が自分に向かう。だからもっと◯◯しないきゃ、常日頃からこういう準備をしなきゃという課題を積んでいく。

 

みんな、こうなんだと思ってた。反すう思考、というより、思考は常にみんなが動かしているものだと思っていた。だから、医者に「(私の)発達障害の症状だね」と言われた時は心底たまげた。思い出に引っ張られる時期はあれど、休みなく常に、というのは、普通ないんだ。

反すう思考を、本当にやめたい。みんなの脳みそに、平等に起こっているわけではないと知ったら、余計に疲れるようになった。反すう思考が少ない人生が、この世には普通にあるんだ。あぁ本当に疲れる…久しぶりにじっくりと追い詰められていた。

そんな日が続いていて、明日も明後日も、今日より昨日より、確実に蓄積された疲労感の中で過ごすんだと思っていた。

 

今朝、思わぬカタチで楽になった。

ウソみたいに、バカみたいに、反すう思考から解放された。

 

まぬけで恥ずかしいけれど、夢にねコン・ユが出てきまして。コン・ユとは、私の中で世界最高イケメン認定している韓国人俳優なんですけども。そのコン・ユがね、夢に出てきたんです。(2回言うとさらにバカっぽい)

で、寝起きからなんかすごいハッピーなんですよ。

夢に芸能人出てくると、急に親近感湧くあの感じ。今回も御多分に洩れず、目覚めて以来コン・ユのことばっかり考えている。これから仕事だってのに、wikiとか見ちゃったり。へぇ〜クリスチャンなんだなぁとか、A型なんだなぁ〜とか。あ、歌出してるんだ、iTunes、売ってるじゃん!買お〜、今日の通勤で聴こ〜とかって考えてね、ハッピー。

すると会社に行くのが全然憂鬱じゃない。実際は会社に行くことは変わらず憂鬱なんだけれど、手段に伴う楽しみがあるから、気が紛れて目線が外れている。

そこで反すう思考が、バッタリぶっつり止まっていることに気がつく。あれほど止めたくても止まらなかったのに、苦しかったのに。自分のチョロさにちょっと笑う(そして引く)。

 

そもそも反すう思考を止める代表的なものとして、なんでもいいから唱えるっていうのがある。「ありがとう」とか「自分最高」とか、肯定的なものなら尚よし。

すると脳はそもそもマルチタスク(同時に違うことをする)が苦手なので、唱える方に脳の容量が使われて、反すう思考が止まる。

なるほど理論はわかったけれど、全然やりたくない(笑) そんなんぶつぶつ呟いて周りに心配かけるくらいなら、反すう思考して苦しんでた方がマシ。反すう思考を止める知識は持っていたけれど、応用して使いこなせずにいた。

だけどここのところは、本当に参ってしまって。社内で強めのトラブルが起こってね。詳しくはないけど、この記事で触れ、その後更新が途絶えたりしたヤツ。

社長に異議申し立てメールを作成する週末 - ここに置いておきますね。

それ以来、毎晩満身創痍でベッドに潜り、寝ても疲れが取れないし、日中は思考は止まらないし、気掛かりばかりが増える。

久しぶりに通院日がきたから淡い期待を寄せてみるも、今の先生はちゅるちゅるボーイ(※非常に若いの意)。打っても響かない。症状を訴えても具体的な解決策はなく、私が見落としているような盲点に気付かせてくれる提案もない。わかってはいたけれど、こりゃ本当の意味で自分でどうにかするしかあるまいな。

しばらく苦しんだのち、寝ても夢見が悪いからって理由で、ピンタレストでコン・ユの画像をダラダラ見ながら寝落ちした。

そしたら夢に出たよね、コン・ユ。ありがてぇ。

おかげでハッピーな朝だったわけで、おかげで何かのファンになるっていいなって気づいたんです。

 

アイドルとか芸能人とか、熱狂的に好きになったことって人生でなかったんだよね。きゃあきゃあ言うことで、思うツボ感とか、その他大勢(のファン)に埋もれる感じとか、ヤじゃん。(ひねくれ&友だちいないヤツの発言)

でも大人になってから、そういう相手(対象)がいるって生きやすいかも知れないとは常々思っていたんだ。楽しいかも知れないって。もし私の孤独な中・高校時代に、そういうものに心が開けてたら、毎日はもっと違うものになったかも知れないとね。

 

なるほど構造(システム)は理解した。

ここから私が、コン・ユ沼にハマっていくという途方もない旅に出るか、と言ったら、たぶん出ない。(出ないのかよ) おそらくこれはもう質(たち)みたいなものだろうと思う。それができてたら半生を無趣味で過ごすなんて苦行できんて。質(たち)じゃなくて業(ごう)だったらウケるな。

でもハッピーなことにはもっと素直でいた方が、絶対に楽しいんだなと知った。そわそわわくわくした目線なら、日常も見えるものが変わるだろうと気付けたのは大きい。

 

結局、私の顔にへばりついた目はふたつしかなくて、一度に送れる目線はひとつ。脳みそは小さくて、若干バグがあるものがひとつしかない。歩める日常や人生もひとつしかない。過去に戻れるわけじゃなし、未来に行けるわけじゃなし。ひとりという単位で、今という単位しか生きられないならば、もう少しだけ浮かれていたい。できる限り、いいもの、素敵なものだけ見ていたい。

反すう思考に囚われて、ぶっさいくに眉間にシワを寄せ、小さい脳みそをフル回転させて耳から血を流している場合じゃない。そうやって生きるには、人生は長すぎる。

 

反すう思考に困っている人がいたら、教えたい。

誰でもいいから、ちょっといいなと思う有名人をWikipediaで検索するんだ。そしてはじからリンクを踏んだり、楽曲を買ったり、作品を見るんだ。歌詞やセリフを書き出してもいいね。

くだらなく思ってもいいから。目的は反すう思考を止めることだから。

あ、芸能人をいきなりググるのはおすすめしないよ。ゴシップ感強すぎて疲れる。SNSもネット検索も、そのものがもう疲れる。

ピンタレストっていうアプリもいいよ、あれは画像が出るだけだから。自分だけのコレクション作れるしね。

ま、別に芸能人じゃなくてもいいんだけどさ。私のように無趣味な人の場合、無趣味が故に、余計に反すう思考が止められないんだろうなと思ってさ。一番手軽なものをおすすめした次第。

 

反すう思考を止めるために、無作為にコンテンツを眺めるのはね、すっごく疲れる。(ちょっと前の私)
ただ、目的があると疲れないんだよね、不思議。

 

自分の好きや素敵だけを、集めて眺めてニヤける。そんなんでも、思考は止められるし、ちょっと元気も出る。おすすめ。

 

あと、コン・ユかっこいい。

好きになったら(い)なくなる

私が好きになった直後に、バンドが解散するのはよくあること。
古くはスネイルランプね。
andymoriもそうね。
バンドじゃないけど、ぼくのりりっくのぼうよみもそうだ。

 

まさか手帳にまでさ、そんなことってある?

 

NOLTYのリスティ2、2022年は作らないんだと。
2020年に使ったのよ。よかったのよ。
方眼でレフト式でさ〜。方眼って意外と少ないから貴重だったし、初めて見た時は「ついに出た!」感あったんだ。

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そして今年使った、NOLTY能率手帳3もね、2022年を最後に製造を取りやめるそうな。
こちらは文庫本より小さいポケットサイズ。財布・スマホ・手帳をいっぺんに掴んだ時のサイズ感が本当によかった。

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小さいからこそ気軽で、必要な情報だけを小さくまとめられるから濃厚な一冊になるのよ。

 

バンドのことはさておき。

私はなにかい?手帳のチョイスが悪いのかい?みんなに好まれていない手帳を、好む傾向があるのかい?やめておくれよ、完全に疑心暗鬼だよ。毎年かなりこだわって、何ヶ月も悩んで決めるんだけどなぁ。(いろんな手帳を使いたいタイプ)

 

レフト式がそもそも人気ないのかな。バーチカルの方が毎年盛り上がるよね。メーカーも工夫し甲斐があるフォーマットだろうし。私もそちら側(バーチカル側)に行けたらいいんだけど、毎日の幅が狭くて苦しいんだよね。


その点レフトは

------------------------
ダララララララララー と、横に書けるじゃない?
------------------------

 

バーチカルはこう…

| ダラララ |
| ララララ |
| ラー   |

みたいなさ、伝わる?

熱意の挫かれ回数(改行)が多くなるのよ。でもバーチカルもねぇ、憧れるわよねぇ。

 

あとは、ほぼ日みたいな1日1ページね。
毎年手は伸びるんだけど、過去に挫折したしなぁと思ってやめちゃうよ。
ほぼ日は「なんでもない日おめでとう」みたいなキャッチコピーあるよね。今日もなんもしなかった…って日々苦しんでる身としては、その言葉すら辛い。(末期)

 

まぁ何が言いたかったかというと、私が好きになってすまん、ということ。
スネイルランプファン、andymoriファン、ぼくりりファン、リスティ2ファン、能率手帳3ファンの皆様、大変に申し訳ない。
私が好きになると、なくなるらしい。(思い上がり)

 

他に好きなもの、なんだろ。

すあま、すあまが好き。

なくなったら私のせいだね。

すあま、逃げて!

行間を読める人になりたいけど、通用しない相手もいる

毎日って、ブログに書いてあること以外の方が圧倒的に多い。

書いている時間より、書いていない時間の方が多い。

書いてあることより、書いていないことの方が多い。

 

自分のブログだけじゃなくって。誰かのブログも、それ以外に発信されるものすべて、そういう奥行きを感じながら受け取らないとなぁと思う。

 

奥行きとか行間を感じられる人間になりたいと、ずーっと思ってきた。そういうの大事にしたいなぁと。でもそれって行き過ぎると、言外の意味を勝手に汲み取ったり、真っ直ぐ受け取れなくなったりするから危ない。

誰かの庭にわっさり咲いた花を見て、きれいだな、毎日お世話してすごいな、この花は不思議なデザインだな、自然てすごいな、とか思っているうちはいいんだけど。

こんなにわっさわっさ育って、隣の塀まで侵食してて、これは迷惑行為にならないのかなぁ。この世にいるすべての人が、花が好きとは限らないよね。アレルギーもあるしさ、え〜そんなん言い始めたらもう怖いわ。私は花植えないでおこう、みたいな極論まで辿りついちゃう日もある。(その日のコンディションによる)

 

100記事までは毎日更新を目標にしていてね、今はこれが恐らく91記事目なんだけどね。ここにきて突然、文章が書けなくなった。駄文は何万字でも書けると思っていたし、実際そうなんだけど。でも、それって脳や体力に余裕がなきゃ、やっぱり無理なんだなぁ。

 

今ね、勤め先のこと考えるのがま〜ストレスよ。

勤め先っていうかね、社長のこと。「社長のそれ、鼓舞じゃなくてイジメですよ」っていうのをね、どうやって伝えようかって思ってるの。私の勤め先って、3人だけの超零細企業だからさ。やり過ごせないのよ、見過ごせないの。(というか、今の今までやり過ごし続け、見過ごし続けた結果が今、みたいな状況とも言えちゃう)(社長を裸の王様にしてしまった)

 

そんなことをこの40時間ぐらいずっと考えてたらさ、もう文章も思考もまとまらないんだよね。自分でもびっくりするくらい。

文章を書く時って、普段の自分と切り離したところが動く感覚あったんだけど。今回はそれが一切発動してくれない。

 

社長に伝えるときも、奥行きや行間というか、相手の立場や状況なんかもさ、想像して言葉を選ばなきゃなとは思う。

でも社長はそもそもが「時間がないなら寝なければいいじゃない!」って思考回路だし、以前いた人が精神的にダウンした時にね、休職のために診断書をとったのよ。そしたらね、その診断書を裏紙(メモ用紙)にしたの。仕事の指示を、提出されたばかりの診断書の裏に書いて、ほかの社員に回したのよ。

あーこれもうダメかなぁ…。

脳みそが疲れたもう。

タバコめちゃくちゃ吸いたいし。(まもなく禁煙9日目)

社長に異議申し立てメールを作成する週末

同時にね、転職サイトもちょっと見る。はぁ~もうさ~。

私の勤め先は零細企業なんだけどね。零細企業の10年生存率は6%と言われているこの日本でね、10数年やってる上に、経営は割と安定してるの。ボーナスはきっちり2回出るし、ここ数年はそれとは別に決算賞与もでてるのよ。パートの私にも。

堅実で誠実な会社運営だし、経営がきつそうな時期は数あれど、倒産の危機を肌で感じたことは今まで一度もない。ただ社長が曲者でね。まぁ中小零細企業あるあるだけどさ。

今一番のトピックは先輩がね、社長のサンドバッグ状態だということ。

もともと嫌味が多い社長なんだけどね。それを先輩と私が、いちいち止めたり注意しなかったしわ寄せが、今こうして現れているところ。(従業員は社員の先輩と、パートの私だけ) 先輩とさ、「俺らとんでもないモンスターを育ててしまったよね…責任もって滅びの山とか、なんか海?とかに返さないとね…土に還す…?」ってね、話したのだけれど。

先輩がさ、このままだと辞めるんだわ。それを止めることはできない、だって止める理由がないもんね。でもさ~裸の王様状態の社長が、誰にも指摘してもらえないうちに孤独になっていくっていうのはさ、かわいそう。だって私、尊敬してるところもあるもの。

だからね、100%の親切心で、現状の異常さを指摘しようと思ってるのよね。

それが社長の気持ちに届けば嬉しいし、腹立ててクビだ!言われても「はーい」だし。

社長のなにがどうやばいか、ここに書き出そうと思ったのよ、頭の整理のためにも。でも書き出してたらさ、すっごくむなしくなっちゃって。何を今まで頑張ってたんだろうなぁって。

会社での成果はね「全部ぼくがやった!」って言いきるんだよね。会社という組織である以上、誰かが一人でやって完結まで行く仕事なんてさ、ないでしょ。そしてそれを言い切られたときの、従業員の気持ちを述べよだしね。

一番きついのは、ピンチの時にいの一番に逃げること。逃げるだけじゃなく、トドメを刺してくることすらある。梯子はずすんだよね。あれ本当に参るわ。

なんか頭も回らないなぁ。箇条書きにしようにも、単語が繋げられない。社長とも、先輩とも10年以上の付き合いだからね、恩もあるし、情もある。そもそも社長のこと、嫌いじゃないんだよ、私。だからこそ言わなきゃと思っているが、文章がまとまらないよ。

はぁああああああ…気が重い。

みんなでさ~いい空気の中でさ~お互いに敬意と感謝の気持ちを持ちながらさ~仕事しようよ~。仲良しになんなくてもいいんだけどさ、トゲトゲせずに普通でよくない?とね~思うよね~。

技術のおかげで救われたのは、夫のスマホと私の心。

夫が洗濯機を回すと、コココン、ココココンと音がした。

我が家の洗濯機は、夫が独身時代から使っていたもの。
最近、なかなか年季が入ってきた。
うぇ…ついに壊れたのかぁ?面倒くさいなぁ〜と思いつつ覗きにいく。

音の正体を探ろうと、一時停止して洗濯槽のなかに手を突っ込む。
水はたっぷり入っていて、濁っているから底が見えない。
ジャブジャブの服たちが泳いでいる。

 

夫が私の背後につき、不安げに覗き込んできた。

 

妻:ボタンかなにか引っかかってるのかなぁ〜なんだろ
夫:…あの…俺のスマホが見当たらないんだけど…
妻:え?うそでしょ?
夫:わかんない…でもさっきから見当たらない…
妻:やだ、どっかあるでしょ?あ…

 

ハイ出た〜洗濯槽からスマホ〜。
びちゃびちゃスマホ〜水没スマホ〜。

 

こういう時、とにかく電源を入れるのはご法度。
慌ててパソコンでいろいろ検索してみると、取り出せるものはすべて取り出せと書いてある。
SDカードは取り出せた(カラだったけど)。
でもSIMカードの取り出し方がわからない。

機種名をダイレクトに検索する、と、このスマホには“高度な防水技術が搭載されている”と書いてあった。
噴流水にも耐えるぜ!みたいな。
噴流水ってなんぞ?と普段なら思うけど、今日の私は、洗濯機がここで言う噴流水だと確信がある。

そういえば洗濯機から取り出して以来、電源を入れない!と思って画面は暗いままにしているけれど、なんかたまにブブブッと振動しているね。

このスマホ…生きてる?

 

試しに私から夫宛に「生きてる?」とLINEした。
するとどうでしょう!
画面が勝手に点き、私からのメッセージ「生きてる?」を受信している夫スマホ

すごい!すごいよ、技術!
ありがたやーーーっ!

 

それにしても。
洗濯機からスマホを取り出した時、夫が妙に落ち着いていたのが気になった。


「ごめ〜ん!ごめん!」とは言うけれど、落ち着いていたし、なんだか感じが良く、穏やかな夫だった。

 

妻:あれはなんで?
パニックになったら感情がとんがったりしない?
夫:ん〜だってさ、俺ってドジじゃん?

 

俺ってドジじゃん?

なんと清々しい。

 

このひとことがきっかけで、夫のことをもっと好きになったりはしないけれど。(なんなんだよ)

その素直さは、好きよ、素敵よ、マイベイビー。

でもそのドジさを、たまに笑えなくて、ごめんね。

真顔で「マジで?」とか言って追い詰めてごめんね。だってビッッッックリするんだよ、ド天然との暮らしは!

おっと、こりゃちゃんと辛いぜ!(禁煙と夫婦関係)

これを書いているのは10月7日の夜なんだけどね。

今、こんな感じよ。

f:id:kakioki2021:20211006220019j:image

えらーい。

 

禁煙開始から今まで、割と余裕だったんだけどね。今日はちょいと辛い。なんか寂しいし、しょんぼり。

普段噛まないミントガムなぞを買ってしまったよ。そしてちょっと救われたよ。

ガムってさ、好き?私さ、買うんだけど、最後の一粒まで食べられないんだよね〜。咀嚼したきゃ肉を食うわってね。(バカの思考パターン)

夫にうっかり「みんななぜガムを噛むの?」と聞いてしまい、「え…みんなのは…知らない…」と言われた。

「じゃあ夫はなぜガムを噛むの?」と聞いたけど、(私にとって)有益な情報は得られなかった。

(質問の範囲がデカすぎるせいだよ)

 

たぶん思ったんだけど、禁煙を頑張っちゃいけないと、私思うんだよ。「禁煙します!してます!」って周囲に宣言するのも良いらしいんだけどさ。覚悟とか、周りに「だから誘わんでくれ」という意味だったりでね。でも私の場合は、それもダメだなって思う。

完璧にどっぷりと私の場合の話ね。私は禁煙を自覚するのがもうダメだ。「禁煙してんな〜」って思うのがもう、しんどい。周りと禁煙やタバコの話するのも嫌だ。吸いたくなる。だからもうタバコという存在すべてを忘れるのが、私には良いらしい。

両手が塞がることをしよう。

夢中になれることをしよう。

 

で、ここからは人間としてサイテーな悩みっていうか、愚痴なんだけどね。

もうここんとこ睡眠が制御できないんすよ。不眠症でねまっったく寝れない…からの、禁煙で眠くて眠くて仕方ない!なんてね、振り幅凄すぎるんですよ。体がもたん。

そしたら夫がね、「明日の朝はお弁当いらないから、時間気にせずに寝たら?」ってね言ってくれたの!やっっさしい!

めっちゃくちゃにお礼を言ってね、あ〜もう何時まで寝ちゃうんだろ〜とかね思ったのよ。わっくわくよ。

翌朝まさかね、出社前に夫が私に「じゃあ行ってくるね」って優しく声を掛けてくれたせいで、バッチリ覚醒し、それ以降一切眠れなくなるとはね。

なんで声掛けんだよマジで…マジでさ…なんなんだよ、バカかよ。

あーちっくしょ。

 

普段はさ、朝一緒に起きて、お弁当作って、見送るじゃん?私さ、やるじゃん?

体調を気遣って、睡眠を気遣って、「朝ゆっくり寝なよ」言ってくれんならさ、せめてその日は起こさんでいただけないだろうか…。

 

私の夫は、善人であり、若干脳内がお花畑。愛があれば白米三杯イケるタイプ。愛こそすべてって言えちゃう系。

私は「愛で腹が膨れるかっつうんだよ」とか思ってるタイプなんだけど、夫はそんな私に「またまたぁ〜本心じゃないでしょ〜?らしくないこと言うじゃ〜ん」みたいなこと言うよ。

 

だからね〜出社前に声掛けてくれちゃうんだよね〜はぁ…。

…とか考える自分に自己嫌悪と、それにしてもマジでなんで起こすんだよが50/50だぜ。

 

寝たい…。